2021年1月26日火曜日

 

わたしは世の光です

教会で今年一年を通して導かれる神様の御名は、「我は世の光なり」 標語のお言葉は「光は暗闇の中で輝いている」です。

御存じのように闇は光に勝つことはできません。どんなに暗黒の世界でも、小さな灯火が灯るなら真っ暗にすることは不可能です。

神が「光あれ」と言われると光があったと聖書の冒頭に記されています。その神が「わたしは世の光である」と言われるのですから、この地上の光を遥かに超えたものであることはおわかりになると思います。

コロナ禍にあって暗闇が世界を包んでいる現実はありますが、光は雲のなかでもいつも輝いています。

サマリアの女性が不義なことで捕らえられました。イエス様は「この中で罪のない人から石で打ちなさい」と言われました。しかし、捕らえてきた人たちは、誰も石で彼女を打つことはありません。光であるイエスに自己の真相を照らされたからです。

イエスも「罪しない」と彼女を赦されました。

聖書には「人間だれもが罪を犯して天国に入ることが出来ない」と記しています。

しかし、一点の罪もないお方、イエス・キリストが罪を身代わることによって、天国の道が開かれました。ただ、イエス様を、この世に来られた神であると信じ、救い主であると信じる人に、罪の赦しを与え、天国を保証してくださったのです。ですから、はばからずしてイエスのもとに来る人に天国行きのチケット(永遠の命、聖霊)を下さるのです。

「主の御名を呼ぶものは皆救われる」と聖書は約束しています。どうぞイエスを神として救い主として信じて「我は世の光なり」と御名を呼び求めてください。いのちの光の躍動をあなたのうちに経験することになります。

教会は、消毒、マスク着用、身体的、物理的距離の確保をもってあなたのおいでをお待ちしております。

日曜日礼拝 朝10:1511時 水曜日祈祷会 夕7:30、木曜日朝10:30

2021年  神泉教会献館から30年を迎えました! 

我は世の光なり

光は暗闇の中で輝いている

 新年あけましておめでとうございます。

コロナによる暗闇が世界を覆っています。でも、光がある限り失望しては

なりませんね。

施設に入所されているため、昨年3月以降全く礼拝に出席できなかった

ある信徒の方が、こんな話をしてくれました。

教会連絡のなかで「光は暗闇の中で輝いている。」との新しい年の標語を見

た時、一つの光景を思い出しました。幼少の頃、家計を助けるために、小学

3年生から新聞配達を始めました。夏や、秋はまだよかったのです。

 けれども冬は寒い、暗い、それに家に帰るには墓所を通らなければならない

ため、怖く、本当につらかったのです。今のように街灯がありません。

自動車も通りません。月明かり、星明かりがあるときはうっすらと目の前が

見えます。

しかし月も星も出ていない時は、自分の足元さえ見えません。

しかし、そのような朝は必ず、新聞配達をしている間中、母が家の前で提灯

をもって立っていてくれたのです。ふもとの民家を回りながら、目を上げる

と暗闇の中で、ぼっと提灯の光が見えるのです。

「光が見える、あそこにおかあちゃんがいる」と思うと、寒さも怖さも消え

ていくのを感じたことを思い出しました。

どんな暗闇の中でも、神さまの光が見える時、イエス様がおられると分か

るとき、寒さも不安も消えていきます。」と。

この先、わたしたちの生活が、世界の状況がどのようになるかわかり

ません。しかし、わたしたちが目を上げる時、神ご自身の希望の光は

輝いているのです。そこに、光なるイエス・キリストが共におられま

す。

イエスは言われます。

「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むこと

なく、いのちの光を持ちます。」(ヨハネ8:12新改訳2017) 

                      今より我は主なり

 ぜひ希望をもって、光のもとにおいでください。イエス・キリスト

(教会)はいつでもあなたのおいでを待っております。