2016年11月28日月曜日

クリスマスミュージカル「行こうベツレヘムへ」のリハーサル見てきました

昨日、行こうベツレヘムへという ミュージカルのリハーサルを見て来ました。

来週 12月4日(日)朝10:30から 聖イエス会尾道教会においてそれは上演されるものです。

賛美歌の数々によって2000年前のイエス・キリストの降誕の物語が流れていくのだが

羊飼いたちが、キリストを拝みにベツレヘムの汚い馬小屋の一室で自分たちの思いを

産まれたばかりのイエスに伝えていく場面が来る そこで思わず涙があふれてきた。

中学生 小学生高学年 低学年の男の子たちが 一言ずつセリフをいうのだが


      僕たちがずっと待っていた王様、

                      神様が人間となって下さったお方 

           僕たちが近づくことが出来る救い主。

                      僕たちはあなたを礼拝致します。

       僕たちの愛の心を受け取ってください。


 一言、一言に重みがあり、心にずどんと入ってきた。神様が、この世に、いや、私に

出会うために、わたしが近づいても大丈夫なお方として来て下さったんだ。

 そう思えて、心の琴線に触れて、思わず涙が・・・・・。

 そのあとで、みんなで声を揃えて

    イエスさまは 神さまです。イエスさまは 救い主さまです。神は愛なり
        (全員で祈るこの部分が声が小さくなり残念だった・・・・)

 と祈って、賛美がささげられる。

 昨日からアドベント週間(キリスト降誕節)を迎えているが、心が温まった。

 来週のミュージカルにはぜひとも 皆さんが 足を運んでくれたら 同じ感動を受けて

いただけるのではないかと思う。

2016年9月10日土曜日

よろこびのさんびをあなたに さんびかコンサート

明日9月11日(日)am 10:15-11:45

 ホーリー聖歌隊と青年聖歌隊を迎えて

 さんびかコンサート

 “喜びのさんびをあなたに”


 聖イエス会御幸教会所属聖歌隊


 暑かった夏も終わり、秋のそよ風が時折なびいてくるそんな季節になりました。

 夏の終わりのコンサート 乾燥しきった自然界を潤すためには、雨が必要でしたが

 ちょっと度が過ぎる雨で被害に遭遇された方々もおありですが、どうぞ回復と、慰めの

 時が速やかに訪れますようにとお祈り致します。

 わたしが与える水を飲むものは決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、

 永遠の命に至る水がわき出る。

 めぐみの雨を存分に注がれると 枯渇していた魂に潤いが訪れて来ることをイエス様は

 教えています。

 聖歌隊が歌う讃美歌は、それぞれの作者がその豊かな恵みを神様からいただいて

 聖書の御ことばと心の思いとがひとつになってあふれ出たものなのです。

 人生のあの日、あの時、暗闇だったその世界に光が投じられて 希望が満ちあふれて

 きたその体験、愛されること、愛することを見失っていた時、神様の愛が十字架から降り注がれて

 真実の愛を知ったという体験など 人生を大きく変えたイエス・キリストとの出会いのなかで

 あふれた感謝、よろこびが歌となって、

 そして作者のみでなく、青年たちにもそのよろこびの歌がさんびが受け継がれているのです。

 ぜひ この機会に 教会に足を運んでみてください。

 イエス様があなたを待っておられます。しかも 2千年間。




 

 

2016年6月13日月曜日

ル・シャンボン村のひとびと

今月は6月12日 アンネ・フランク生誕88年の記念の日を終えた。
アンネは「もし、神様がわたしを長生きさせてくださるなら、つまらない人間で
一生を終わりたくありません。 わたしは世界と人類のために働きます。という
理想を抱きつつも、強制収容所で若き命が奪われた。
 家族で一人生還した父オットー・フランク氏が、彼女が書き残した日記に触れ
彼女の理想を実現すべく、平和を実現するために、働き続けた。

 聖イエス会とこのオットー 氏との出会いは、今、深みを増して、平和の実現に
向かって前進している。

 今、、アンネが生きていたら、88歳のおばあちゃんになっているわけだが、
教会にも、同世代の方々おられる。

 時折、煙のように早く舞い上がりたいと 生きることのしんどさに希望を失い
かけている人もいる。

 アンネはそんなおばあちゃんになっているのかな?それとも、生涯、世界と
人類のためにと 平和実現のために働いているのだろうか?と考えたが
やはり理想を追い求めていただろうという思いが強く心を動かした。

 年老いたら理想は消え失せるということはない。そして神様はもっと
希望をもって働きを必要としておられる。

 キリストを生きるということこそが、私たちの地上に生きるものの使命だからだ。
 と励んでまいりたい。


 今月のオープン礼拝は ル・シャンボン村のひとびとに注目
 
 アンドレ・トロクメ牧師を中心に あのナチの脅威からユダヤ人を匿い
助けた方々の逆転の発想、不可能を可能とする人類愛の力を学びとりたいと
願う。それはまた 自分のために生きるのではなく、他者のために生きる
人生でもある。

  6月26日(日)朝10:15~11:30

    戦時中、ル・シャンボン村の人たちと共に
 ユダヤ人を助けた諸国民の正義の人の一人 トロクメ牧師

 聖書に生きた崇高な生き方を

 「義に飢え渇く人々は幸いである。その人たちは満たされる。」マタイ5・6
 

 
 

2016年2月27日土曜日

塩狩峠

明日のオープン礼拝は映画「塩狩峠」三浦綾子原作

 2/28(日)午前10:00~11:45

 1909年2月28日 今からちょうど107年前に列車事故が起こり
 一人の鉄道員が犠牲になったことで、乗客全員が助かった史実である。

 映画の中での聖書というページを見つけたが、それは三浦綾子さんの
初代秘書をされた宮島裕子さんの著書「神さまに用いられた人 三浦綾子」
に書かれているとおり、三浦さんがこの「塩狩峠」を書くきっかけとなった
そのエピソードが記されていた。書いてくださった方に感謝したい。

綾子さんが出席していた北海道旭川市の日本キリスト教団六条教会(川谷
牧師)で修養会が開かれた際、綾子さんが出席した分団に新しく来られた
藤原栄吉という方が見えていました。

後日、藤原さんから川谷牧師に手紙が届き、「三浦綾子という婦人は、
私の述べる意見にいちいち批判を加え、反対意見をのべました。今後二度
と同席はご免こうむります。」と記されていたのです。


牧師に手紙を見せられた綾子さんは「私は語調がきつくて、これまでにも
人を傷つけました。」と言って藤原さん宅にお詫びに行ったのですが家に
入れてもらえず、詫び続ける綾子さんはやっとの思いで部屋に入ることを
許されたところ、

机の上に置かれている原稿用紙が目に留まり、聞いたところ「長野政雄さ
んのことを今のうちに記録しておこうと今書いているのです。」藤原さん
はモデルの長野政雄の直属の部下だったのです。

このことを聞いた綾子さんは「所属する教会に、こんな素晴らしい先輩が
いたのだ。」と感動し、後に藤原さんから資料をお借りし
「塩狩峠」が記されたのです。(49~50ページ)

 偶然のいや神様には偶然ではないその三浦さんの失敗が、このような
素晴らしい作品を生み出すきっかけになるとはだれもが想像できないもの
であった。

 しかし、神様の働きは逆転の発想である。
長野さんはあの時点で、この世からいなくなった人だったが、部下が
そこに存在していたことが、日本人であればほとんどが知ることの出来る
出来事として、今もその拡がりはとどまることがない。