2025年12月22日月曜日

 クリスマスの喜び

 「牧師、牧師でもかなしばりに遭われるんですか?」という信徒の声、そんなことが
ありました。
 実は、昨日のクリスマス礼拝を目前の早朝に、夢で私はうなされていました。
くまを撃退する猫の姿が焼き付いていたのか、自分の目の前にくまが形相を変えて
私に向かってくるのを見て、恐怖を覚えましたが、その時、猫がくまの前に立ちはだかり
勢いよくとびかかり顔面に猫パンチを食らわせていたのですが、誤って猫はクマに
一撃を食らい地に落ちてしまったのです。
そして私にまさに襲い掛かろうとしていたとき、苦しい息でしたが、主の名を呼び求める者はみな救われると 恐怖のなか、白いシーツで身を覆い「わ」「れ」「は」「主」「な」「り」と絞り出すように叫びをあげていたのです。すると、何かの手が伸ばされてきて、それがくまの手だと思い、ひねりつぶそうとしていましたが、空をうつようで歯が立ちませんでした。ところが、そこに寄り添ってくれる誰かの気配を感じ、いままでの恐怖はすぅっと消えて楽になって、ああ、自分の叫び声を聴いて妻が寄り添ってくれたんだと思いました。
 朝がきて、めざめたとき、妻に「今朝、叫んでいたでしょう。来てくれて祈ってくれたんだねありがとう」と伝えると
「え、叫んでた?そんなの知らない ぐっすり寝てたわよ」
「え、そうなの、じゃあ、あれはいったいだれだったの?」
「それってイエス様じゃない イエス様が来てくれたのよ」と妻が言ったその瞬間、
全身鳥肌が立って、思わず涙が溢れました
「イエス様だったのか、私が夢のなかでしたが
苦しみ主の名を呼び求めていたとき、来て寄り添ってくださったのだ」
と感動があふれ
私の心にクリスマス(イエス様)が来てくださったと喜びの声をあげ、
主の名を讃美しました!

 あなたが呼べばわたしはこたえ あなたが叫べば わたしはここにいる 神は愛なり

 神は実にその独り子をお与えになったほど わたしたちを愛された
 それはみ子を信じる者がひとりも滅びないで永遠の命を得るためである。

 本当に主は来られた 感謝にあふれ主の御名をさんびします。神は愛なり



 

2025年10月9日木曜日

 

10/26(日)10:15~11:45 入場無料 駐車場あり お気軽にお越しください

久しぶりのチャペルコンサート

念願かなってようやく、ホサナ聖歌隊を福知山からお迎えすることになりました。

ちなみに前日の25(日)は、一昨年主のもとに召された岩本正二牧師の3年の記念日

となっています。26(日)コンサートをどれほど天において祈ってくれているかと

思うと心強く、イエス様は素晴らしいひとときにしてくださると確信します。

チラシ配布部数は、わずか2500枚 でも少数メンバーではありますが、信徒の皆さんも

この機会を与えてくださったイエス様に感謝しつつ、人々に声をかけてくださっています。

念願と先に書き入れましたが、2年半前にホサナ聖歌隊の讃美を聴いたときから、わが教会で皆様に聴いていただきたいと思いふけっておりましたので、ようやく実現できる喜びはひとしおです。

神泉教会も、新会堂献堂(1999年8月29日)から26年、雨、潮風に耐え今日に至りましたが

じもとの塗装業社の若い方々の手によって見事に外観は献堂当初のように新しく美しくなりました。

この度の聖歌隊の到来を通して、内部(内面)も新しい息吹が吹きかけられ、聖なる場所としていただきたいと願います。



2025年8月2日土曜日

 中国A教区しまなみチャイルド夏2025 8/1-2


子どもたち15名と共に二日間通いでの集いを持ちました。

テーマは わたしはぶどうの木 

     イエス様とつながりつづけよう

わたしはぶどうの木 あなたがたは枝です

人がわたしにとどまり わつぁいもその人にとどまっているなら 

その人は多くの実を結びます。

わたしを離れては あなたがたは何もすることができないのです。

父がわたしを愛されたように わたしもあなたがたを愛しました。

わたしの愛にとどまりなさい。

神は実に そのひとり子を お与えになったほどに世を愛された。

それは、御子を信じる者が 一人として滅びることなく 

永遠のいのちを持つためである。新改訳2017


わたしはぶどうの木という讃美歌をこどもたちで録音(画)すること

御言葉を心に刻むこと

楽しくすごすという3つの目的で会場は尾道教会でもたれました。

こどもたちの成長、御言葉を集いの前から覚えて集まる子たちもあり、

とても落ち着いたしかも楽しく、集会でイエス様に触れる恵みをいただき

皆喜んで帰っていきました。

担当の先生方ありがとうございました。

なつまつり風に会場いっぱに露店がたちならびタコ焼き屋さん

射的コーナー がちゃがちゃ ようよう スーパーボール釣りなど

開催し子どもたちも、おとなも存分にたのしみました。

歌の方も発声の指導をうけたあとは、とても透明な歌声となり

顔の表情までもかわって澄み渡る空気に包まれました。

おまけに工作ではぶどうのステンドグラスにおのおのチャレンジし、

背景を海をイメージした子もいて、子どもたちの力作に驚くばかり

思い切り祈れて心もさわやかでした。

2025年1月11日土曜日

 言は神なり

行って、いのちのことばを語りなさい


新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

今日は11日(土)1958年に産声をあげて、67回目の誕生日を私は迎えることができました。

1958年と言えば、はじめて聖イエス会の創立者が台湾に宣教活動を始めたときでもあります。

当時は、思わぬ出来事で、乗るはずの飛行機のパイロットが一人搭乗できず、欠航となり、

翌日便で台湾に向かわれたというハプニングもありましたが、無事台湾での宣教が開始されたのです。その宣教を通して多くの人が福音にふれ、病気の人は癒され、人生の目的が鮮やかに示された方々が誕生しました。

そのさなかに、北陸で産声をあげたのは私でした。創立者不在のなか、夫人である霊母様が朝まだき頃、げんせん げんせんと声が響いて来たことで、言を宣べ伝えるとの意味をこめて名前がつけられたのです。

口重、口下手で、人とのコミュニケーションをうまくとれないものにその名が与えられたのはなぜだろうと思うばかりですが、今日まで教会を牧する恵みにあずからせていただいています。
そんなことが思い出される今年、大いなる期待を抱いてのはじまりです。

皆様の上に豊かな祝福と平安が訪れることを願います。

                              シャローム